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高松地方裁判所 昭和27年(行)1号 判決 1952年6月16日

香川県三豊郡観音寺町七間橋二千九百四十四番地

原告

久保盛一

右訴訟代理人弁護士

中村皎久

同県同郡同町

被告

観音寺税務署長

右指定代理人

土居照則

越智勘一

水地巖

高橋信一

岩部承志

右当事者間の昭和二七年(行)第一号所得額決定取消請求事件につき当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の本訴中被告の所得額決定取消を求める部分は却下する。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告が原告の昭和二十三年度所得額を金百弐拾五万七千円とした決定は之を取消す。原告が右決定に対する審査請求に付、昭和二十五年一月二十七日為した取下は無効なることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、

原告は食肉加工販売業を営む者であるが昭和二十三年度の所得は金十五万円が相当であるのでその旨の申告をしたところ、昭和二十四年二月十四日被告より金百弐拾五万七千円と決定通知を受けた。よつて原告は右決定を不当とし同年三月十三日被告を経由し高松財務局に審査の請求をし同年四月十三日さらに之を補正し審査請求書を提出したが今日に至るも何らの決定がないのみならず原告に対し国税徴収法に基く差押処分を為すに至つたので己むなく行政事件訴訟特例法第二条に基き被告の右決定の取消を求めるとともに被告抗争のように原告の前記審査請求は昭和二十五年一月二十七日原告に於て取下げたものであるが右取下は後記のとおり無効であるからその旨の確認をも併せて求めるものである、と述べ被告の主張に対し原告が審査請求を取下げたことは前記のように争はないが右取下は被告係員の強迫に因るものである。即ち昭和二十五年一月二十七日被告係員が原告方に調査の為め出張して来たので原告は被告の決定の不当を訴えたところ、右係員は色をなしてたとえ昭和二十三年度所得が原告主張のとおりであつても右審査請求を取下げなければ既往五ケ年に遡つて調査して追徴し結局昭和二十三年度の被告決定所得額を維持するのと同様の措置をとるのみならず場合によつては之を上廻る結果となる旨を告げて暗に原告の過去の脱税を指摘するような気勢を示したのでこの方面に暗い原告としては右係員の言明するような一方的な措置に出られることを極度に危惧し右係員の要求のまま取下書に署名捺印したもので原告に於てその意思なくしてしたものであるから無効である。仮に無効でないとしても強迫に因る意思表示であるから之を取消す、仮に公法上の意思表示には私法上のそれの取消に関する法規が同一に適用されないと解されるならばむしろ強迫に因る瑕疵ある意思表示は公法上は之を無効と解するのが条理上相当である、と述べ立証として証人辻剣九郎、久保英子の各証言、原告本人尋問の結果を援用して乙第一号証の成立を認めた。

被告指定代理人等は主文と同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中原告が昭和二十四年三月十三日被告を経由して高松財務局に審査請求をなしさらに同年四月十三日之を補正して審査請求書を提出したことは認めるが右審査請求は原告に於て昭和二十五年一月二十七日被告の調査の結果に満足し任意に之を取下げたものである。右取下が強迫に基くとの原告主張は否認する。従つて右取下は有効であり、被告の決定の取消を求める原告の訴はその前提たる審査請求がなかつたことに帰着し不適法であると述べ立証として乙第一号証を提出し証人喜多義夫、福島渉の証言を援用した。

理由

原告が昭和二十三年度所得を金十五万円と申告したこと、被告に於て昭和二十四年二月二十四日原告の同年所得を金百弐拾五万七千円と決定し通告したことは被告の明に争はないところで原告が右決定を不当として同年三月十三日被告を経由して高松財務局に審査の請求をしたが不備があつたのでさらに同年四月十三日之を補正したこと昭和二十五年一月二十七日原告が右審査請求を取り下げたことは何れも当事者間に争いがない。

原告は右取下は被告係員の強迫に基くもので瑕疵ある意思表示であると主張するが右事実に副う原告本人の供述は後記証人の証言に照して信用し難く他に原告主張の事実を認めるに足る証拠がない。却つて証人喜多義夫、福島渉の各証言、証人久保英子、辻剣九郎の各証言の一部原告本人の供述部分(前記措信しない部分を除く)を綜合すると原告の審査請求取下の経緯について次のとおりの事実を認めることが出来る。即ち原告の前記審査請求に対し昭和二十五年一月二十七日被告税務署係員喜多義夫、高松財務局係員福島渉の両名が原告方に出向いて原告立会の上帳簿等の提出を求め調査の上同帳簿記載の貸金額のみにても優に被告の決定所得額を上廻る旨を指摘し、原告に審査請求の取下を慫慂したところ原告も右事実を認めて、取下をなすことを任意承諾し同所で審査請求書の余白に取下げる旨の記載をしたものに原告に於て押印して取下をしたものである。以上の認定によれば原告は一旦申立てた審査請求を爾後有効に取下げたものであるから之により結局審査請求は当初よりその申立がなかつたことに帰したものと云うべく右取下の無効なることの確認を求める原告の請求は理由がなく、惹いて原告の所得額決定の取消を求める訴は行政事件訴訟特例法第二条所定の審査手続を経由していない不適法な訴たるに帰する。

よつて訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横江文幹 裁判官 合田得太郎 裁判官 宮本勝美)

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